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チチブ(1)
チチブ(2)
チチブが語るお濠の水の由来
チチブは青黒い表皮を持つ、体長15センチ程のハゼ科の魚で、北海道を除く日本各地の潮水がまじる汽水に生息し、淡水域にいるヌマチチブとはよく似ているが区別されています。
大阪城の濠(ほり)には、この魚が多数生息しています。
1988年(昭和63年)に大阪市の委託を受けて濠の魚類相調査を実施しました。その時の調査では13種の魚類と4種のエビ・カニなどの甲殻類が確認されました。(大阪城は、天守閣をはじめ城郭の調査研究はかなり進んでいますが、自然環境や生き物の調査はあまりされていません。)
濠の特長は石垣にあります。水面下の石垣にはチチブやトウヨシノボリ、そしてウキゴリがたくさんいました。
魚以外にも、石垣にはテナガエビやスジエビ、モクズガニ等もいて、けっこう濠の水の中はにぎやかです。
大阪城の濠は現在、大川、第二寝屋川とつながっていません。また徳川時代の古地図でも濠と川のつながりは確認できません。
一般的に考えれば、近くに大川があるのだから濠の水は川から導入されたものだと思いますが、実は現在、外濠と大川では3メートル程の水位差があります。外濠の方が高いので、大川と連結すると濠の水は抜けてしまいます。
したがって、一般的にみれば外濠の水は大川から入れられたものと考えられますが、実際には、外濠の水は川の水ではなく湧き水で満たされているとしか考えられないのです。
そういう状況の中、元大阪城天守閣館長の渡辺武さんが発見された伊達政宗の大阪冬の陣の陣配図である「僊台武鑑」によると、豊臣時代の外濠が旧淀川と大和川の合流した大川の水路でつながっていたことが示されていました。
そこで、濠のチチブは外濠が大川とつながっていた豊臣時代に大川から入ってきたのではないか、現在生息している個体はその子孫ではないかと考えられます。かつての大川は新淀川や大和川が合流していましたし、地盤沈下等を考えれば、今の3メートルの水位差はかなり縮まるのではなないでしょうか。
大阪冬の陣で徳川は濠を完全に埋めたとされていますが、チチブは和歌山大学の岩田勝哉教授の研究で皮膚呼吸もできるという能力をもっていることがわかっています。
そうすると埋められた濠の劣悪な水溜りでも、しぶとく生き抜くことができたのではないでしょうか。
チチブは生命力の強い魚で、汽水域から隔離された水域に陸封されて生き延びるといわれています。
大阪城のお濠のチチブは淀川の十三あたりの汽水にいたものが陸封された可能性があり、今の大阪城はすべて豊臣の否定の上に築城されたものですが、どっこい豊臣時代のチチブが生き残っているとすれば、面白い話ではないでしょうか。
(2006年11月30日 亀井哲夫)
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